(2)新たに入線した車両の紹介等


(A)初期のアブト式電気機関車の入線

ED41 + ED40 + EC40

 碓氷峠がアブト式の時代は、1948年(昭和23年)に28両出揃ったED42型機関車が、 1963年(昭和38年)に粘着方式による新線が開通するまで、最後の運用に就いていました。 アブト時代の終盤期を再現する当鉄道では、以前ご報告しましたようにED42の13o化が完了して、 長年の懸案だったアブト式機関車の配備が完了しました。しかし、その後偶々委託販売で、 マイクロキャストミズノ製で黒色塗装の初期のアブト式電気機関車ED41と、 ぶどう色1号に塗られた装備改装後のEC40を入手することができたので、 以前から手元にあった珊瑚模型店のED40のバラキットと共に初期の3型式のアブト式電気機関車を13o化して、 以前写真で見た昭和一桁代の軽井沢駅に佇むこの一癖も二癖もある3型式の3重連の姿を再現してみることにしました。
 なお、当鉄道では、レイアウトにラック区間がないこともあり、外観重視で、 ラックピニオンを回してラックレールとかみ合わせるという構造にはしていません。

EC40



2019年8月 軽井沢駅 EC40型



晩年の姿のEC40 5
 碓氷峠のアブト式鉄道は1893年(明治26年)に開通以来蒸気機関車によって運行されていましたが、 66.7‰の急勾配のため時速は8q/hと遅く、亜硫酸ガスを含む煤煙の中、26個のトンネル内を低速度で登って行くので、 乗客の苦痛は勿論、機関車の乗務員は時として失神する者も出る事態となりました。 この状況を改善し、輸送力を増強すべく幹線としては本邦初の電化をすることになり、横川に発電所を建設、 1912年(明治45年)には、横川−軽井沢間の電化が第3軌条方式で完成しました。 安全のため駅構内は架線からポールで集電しています。
 10000(後のEC40)型は、本邦初の幹線用電気機関車としてドイツのAEG社に発注され、 電化完成と同時に12両が運用を開始しました。この機関車は初の電気機関車であった上に、 アブト式の機構も組み込んだ複雑な構造をしていましたが、長さが10m足らずの車体は可愛らしい凸型で、 グレーの装飾のある塗装でデビューしました。大まかに構造を見ますと、 床上に置かれたモーターから連結棒でジャック軸に伝動され、 更にジャック軸から蒸気機関車の様に連結棒で3軸の動軸へ伝動されます。動軸に釣り懸けられたラック台車を持ち、 ラック台車に乗ったモーターから連結棒でラック軸に伝動され、更にもう一軸のラック軸に連結棒で伝動されます。 走り出すと3軸の動軸と、2軸のラック軸がそれぞれ違った回転数でめまぐるしく回り始めます。 この本邦唯一のC型電気機関車は運用開始後、時々の情勢や必要に応じて様々な改造を繰り返して外観も大いに変化し、 ED42型の増備が進んだ1936(昭11)年に廃車となるまで活躍しました。
 この機関車は、1/80の模型では、1967年に鉄道模型社が簡易製品として製品化しましたが、 1979年にはマイクロキャストミズノが精密な製品として発売しました。 この製品はポール装備など同機の輸入時の姿を同社が得意なロストワックス部品を多用して製品化したもので、 動軸やラック軸も全て回転しながら走る姿に興味を持ち、碓氷峠ファンである筆者も発売時に未塗装の完成品を購入していました。 残念ながら輸入時の複雑な装飾のある灰色の塗装を施すには技術的に問題が有り、 また複雑なラック軸も含めたロッド連結の伝動機構の13o化もためらわれたことから、 購入時の状態で最近まで箱に入ったままでした。同社はその後何回か製品を改良するとともに、 時代と共に形態や塗色が何度も変化した同機を製品化して行きましたが、購入には至りませんでした。 最近委託品でぶどう色1号に塗られた同機の末期の状態の製品を入手する機会が有り、 これを機にED40やED41と共に碓氷峠の全てのアブト式電気機関車を13o化することにして改軌に取り掛かりました。





EC40 下回り


EC40 伝動機構


 この模型はメーカーがかなり手慣れた時代に製作されたようで、スケールやディテール、時代考証等、 特に問題も無かったので、工作は13o化に集中しました。 車体から主台枠を取り外し、主台枠からモーター、集電用のシュー、3対の動輪、2対のラック軸、 各軸に伝動するための平ギア、ロッド類、動軸押え板等全ての伝動機構を取り外します。 主台枠は13o化するために一旦半田をばらし、幅を3.5o詰め再度組立てました。 この製品の動軸やラック軸等の車軸の直径は3oで、どのように13o化しようかと考えていたところ、 以前購入していた同機の動輪の軸径が2.4oと言うことが分かりました。 そこで基本的に旧製品の軸を中央部で3.5oカットして、内径2.4o外径3oのパイプで繋ぎ、 伝動ギア等は新製品のものを使用して13o化する方向で進めることにしました。 各軸は位相を合わせながら接着組立し、ギア等も組み込み、動軸押さえ板は新製しました。 元々プラ製の伝動ギア1個にクラックが入っていたため接着剤で固定しましたが、 完成後走行時に異音が出るようなので、今後交換したいと思っています。

ED40



2013年2月 鉄道博物館 ED40型

 碓氷峠の電化後も電気機関車の両数が不足していたため、蒸機、電機併用の時代が続きましたが、 蒸気機関車を廃止し、碓氷峠の輸送量の増加の要請に応えるため、アブト式電気機関車を増備するにことになりました。 この際EC40型をベースに国産化することになりましたが、民間ではまだ電気機関車の製造経験が少なかったため、 鉄道省大宮工場で1919年(大正8年)から1923年(大正12年)に掛けて10020(後のED40)型として14両製造されました。 国産初の電気機関車で、連結棒での伝動など蒸気機関車で培った技術も使い製作されましたが、 流石にデザインまでは手が回らなかったのか、機器類にカバーを付けただけの様な無骨な格好をしていました。 性能は良好で増備が続き、戦後の1951年(昭和26年)まで永年活躍が続きました。 この機関車の増備により1921年(大正10年)、碓氷峠での蒸気機関車の運用は終了しました。
 この機関車の1/80の模型も1983年に鉄道模型社から特製完成品として僅かに生産、発売され、 その後1994年には珊瑚模型店から現代の水準に合った製品がバラキットの形で発売されたので購入しました。 いずれは13o化する意思はあったものの、4軸の動軸とジャック軸、モーター側の円板軸、 更にラック軸2軸とこれもモーター側の円板軸と計9軸を改軌した上、位相を合わせて組立ててスムーズに走らせる自信がなく、 未着手のまま放置していましたが、今回アブト式の電気機関車全てを入線させるべく組立に着手しました。





ED40 9


ED40 9 軽井沢方


 上回りはエッチング処理後プレス加工されたボディーとロストワックスの部品のマッチングも良く、 気持ちよく組み立てられましたが、やはり下回りには手古摺りました。 この製品は実物の伝動機構を出来るだけ模型で再現するよう考えてあるようで、 モーターは実物同様主台枠上に設置され、伝動にはモーター軸にウォームギアが使われている以外にギアは使われておらず、 全てロッド類で伝動しています。13o化するに当たっては、カシメで仮組してある主台枠を一旦ばらし、 幅を3.5o詰めて再組立てしました。この際、調整が難しいことから、軸箱がイコライザー可動になっている主台枠は下端を0.5o程削り、 各軸を線バネ可動に変更しました。また4軸固定となる動輪は、D51以上の固定軸距離となるため、 第1と第4動輪には多少横動を持たせました。車軸径3oの動輪は、ギアのことを考える必要もなく車軸を切断して幅を詰めた上、 内径3oのパイプで繋ぎ、位相を正確に合わせながら接着剤で固定しました。



ED40 動力機構



ED40 下回り
 モーターからは金属製のジョイントで、動輪用とラック用の2つのウォームが付いた軸に伝動していますが、 このジョイントの調整が難しく大きな騒音が発生したため、イモン製のシリコンチューブに交換しました。 また何故か動輪用とラック用のウォームギアが反対に配置されており、 そのままでは実物とは逆にラック軸の方が動輪よりもゆっくり回ることになるので、これらのウォームギアも入れ替えました。 主台枠と動輪等の改軌が済み、モーターを取り付けてテストしたところ、各所で回転が渋くなる症状が出たため、 ある程度滑らかに回るように調整するには時間がかかりました。 やはり当初の予想の通り、9軸の位相を正確に合わせるのは容易では有りませんでした。 なお、キットの指示では車輪裏面から集電する集電ブラシが目立ったため、 車輪上面からの集電に取付方法を変えて見えないようにしました。
 車体はぶどう色1号で、下周りは艶消しの黒を吹付け塗装し、少しウェザリングを施しました。 蒸気機関車の様な足回りにラック台車の動きも加わり、中々味のある走行をします。

ED41

 この形式は今後の標準的なアブト式電気機関車を製作するためのサンプルとして、 スイスのBBC(ブラウンボべリ)社から1926年(大正15年)に2両輸入した電気機関車です。 車体のスタイルやスコッチヨークを用いた伝動機構など、 スイスの機関車の面影を強く残したこの機関車から多くの機構を取込み、 当時標準化しつつあった省型機関車として1933年(昭和8年)からED42型が28両製作されました。 従来のEC40型やED40型の、蒸気機関車の様な動輪を主台枠に固定する構造から離れ、ED41型は、 ボギー台車を持ち各動輪にはスコッチヨークで伝動し、 それぞれのボギー台車の内側の動軸に釣り懸けられたラック台車を持っていました。


ED41 1



ED41 1 軽井沢方
 ED41型はヨーロピアンスタイルで魅力的な外観を持ち、 碓氷峠ファンとしては40年以上前に鉄道模型社が発売した13o仕様のバラキットを購入しましたが、 他の同社のバラキット同様なかなか手強そうなキットで、そのまま塩漬けになっていました。 その後マイクロキャストミズノから精密な完成品が発売されましたが、その当時高価でもあり購入には至りませんでした。 ED42の13o化が完了した翌年、このモデルの委託品を購入することが出来ましたので、13oのレイアウトに入線させるべく、 他の2型式と共に改軌することにしました。
 この製品はスケールやディテールも良く、また動力機構も実物の構造を模したような凝ったものでした。 両軸のモーターを車体中央部に置き、固定したギアーボックスを通して動力をラック台車内のラックのピニオンギアーに伝動します。 ラック台車は実物は両方のボギー台車に懸架されて左右に移動するようになっていますが、 この製品では固定されています。またアドヒージョン台車(両側の粘着用台車)への伝動は動軸ではなく、 実物通り各ジャック軸にギア伝動し、スコッチヨークで各動輪を回していました。 このため台車の中央にはセンターピンを設けられず、センター寄りに移されていましたが、これも実物通りです。 これらの伝動機構は良く考えられたもので、実物の機構を取り入れ非常に興味のある構造でしたが、 そのまま13oに改軌するのはギアーボックスを全て作り直す必要があり、かなりの手間を要することが分かりました。
 実物の下回りの構造は寸法等も含めてそのままED42型に継承され、外観も集電靴等一部を除いてほぼED42と同じなので、 以前ED42型の13o化に際して一台分余剰となっていた主台枠や動輪、ギア類等のパーツを使うこととし、 エンドビームやブレーキシュー、ジャック軸のカバー等はこの製品から移設することとしました。 ラック台車は構造を変更して両台車に吊りかけ、横動できるようにしました。その結果、 構造は13oのED42と同様となりましたので、詳細はそちらをご参照ください。

 漸く3型式の初期のアブト式電機が出揃いましたが、 3重連にして走らせてみると各機はそれぞれ異なった下回りから独特な動きをし、見ていても飽きません。 残念ながら当鉄道では昭和30〜40年代を中心とした車両を走らせていますので、 これらの機関車が牽くべき昭和10年位までの適当な車両が無いので、暫くは駅構内を行き来するだけの展示用になりそうです。

次回も新たな車両等をご紹介します。

(2026年2月 M.F)