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電 車 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1962年(昭和37年)にEB10やDF50などの日本型の16番製品を本格的に発売し始めた天賞堂は、翌1963年(昭和38年)、その窓物製品の第1弾として、新幹線登場前の当時東海道線の花形特急電車として大活躍していた「こだま」型151系電車を製品化しました。この製品が発売された時点では、国鉄型客車の製品と同様、電車の製品は主にカワイモデルとつぼみ堂模型店が1950年代から発売していた製品が市場に出回っていました。カワイモデルは70系・80系・72系・153系・155系そして1961年(昭和36年)に157系をラインアップ、型式数では最多でしたがスケール感にやや問題もあり、真鍮プレス製の湘南型の前面の形状や新性能電車のソフトメタル製の前面など、高級ファンには違和感のあるものでした。つぼみ堂も70系・80系・72系や101系を販売していましたが、スケール感は良いもののディテールが極めてさっぱりした製品でした。どちらの製品も床板が木製であるのは時代を感じさせます。鉄道模型社も実物の登場後程なく20系電車(後の151系)の当初の4型式を発売しました。一方、その後多くの型式を発売したカツミからはこの時点では電車はまだ全く発売されていませんでした。 このような状況の中で、1963年(昭和38年)、キットでの販売が主流であった当時としては珍しく、天賞堂は151系電車を塗装済完成品として一挙に10型式にわたって発売しました。現在でも1つのシリーズを10型式も同時に発売されることは殆んど有りませんが、上記のような時代背景を考えると天賞堂がいかに力を込めた製品であるかわかります。発売されたのは、クハ151・クロ151・モハ151・モハ150・モハシ150・モロ151・モロ150・サロ151・サハ150・サシ151で当時の151系全型式のうち製品化されなかったのはサロ150のみでした。しかし発売時点では実物はサロが1編成に1輌ずつしか入っていなかったため、上記の型式で実物どおりの編成を組むことが可能でした。 実物の151系電車は、1958年(昭和33年)に90系(後の101系)の動力機構をベースに、それまでの優等列車といえば機関車牽引の客車列車という概念を打破し、東京・大阪間を6時間50分(後に6時間30分)で結ぶ特急電車列車として活躍を開始しました。151系は、従来の電車のイメージを抜出して先頭部はボンネットを持った高運転台を採用し、塗色もクリームと赤の所謂国鉄特急色を初めて採用、その独特の丸みを持った車体形状とともにまさに新しい時代の特急として、またその後の特急電車のはしりとして運用を始めました。当初は東京−大阪間を日帰りすることも不可能ではないということから「ビジネス特急」とも呼ばれ、クハ26(後のクハ151)・モハ20(後のモハ151)・モハシ21(後のモハシ150)・サロ25(後のサロ151)の4型式のみ製造され、この4輌を背中合わせにして8輌編成で運転されました。この「こだま」の成功に伴い、1960年(昭和35年)に東海道線の最高位の展望車つき客車特急であった「つばめ」「はと」を151系電車に置換えるため、新たにクロ151・モロ151・モロ150・モハ150・サシ151・サロ150・サハ150が追加で製作され、151系は新性能電車としては最も多い11型式が製作されました。天賞堂はその151系電車の特徴をよく捉え、模型としての表現を重視して一部にデフォルメされた部分が見受けられるものの、スケール感が良く高級感のある美しい塗装で電車製品の品質を一気に高めるとともに、多くの高級モデラーに大好評をもって迎えられました。当然価格も一気に上昇し、11輌のフル編成では\35,000を超えることとなり、当時の大卒初任給の2ヶ月分近い金額のため誰にでも購入できる製品ではありませんでした。しかしながらかなりのインフレの時代にもかかわらず、1971年(昭和46年)の最終製品の販売時まで同じ価格で販売されていたようです。 今回は初めにこの画期的な天賞堂の151系の製品群をご紹介したいと思います。前回の軽量客車同様各製品に共通の部分をご紹介し、その後各型式に固有の特徴について写真とともにご案内します。筆者は信越線関連の車輌を主に収集していたこともあり、また高価でもあったため結局この製品は入手しませんでしたのでH.T.所蔵の製品の写真をお届けします。入手時期が比較的遅かったためか、パンタグラフつきの車輌がないのは残念です。 上廻り
下廻り 動力装置は、共にパンタグラフの載ったモハ151とモロ151に縦型モーター(マイティ)を各1個ずつ搭載して、それぞれ17:2のウォームギアとインサイドギアで2軸に伝動しています。ウォームホイールはベーク製です。床上には比較的大きなウエイトが取付けられており、フル編成である11輌編成でも3輌の動力車で一応十分な力を有していましたが、さらにモハ150とモロ150には動力装置を組込めるように床板に穴が開けられていました。灰色に塗装された床板は真鍮板で、車体に取付けられたアングルにビスでとめられています。床下器具はソフトメタル製で、ディテールは多くないものの点数も豊かで比較的美しくできており、全て灰色で塗装されています。発売当時実物の床下器具は黒色で塗装されていましたが、模型としての美しさを出すために20系登場当初の灰色塗装を真似たのでしょう。台車は美しく打出したドロップ製で動力車用のDT23と付随車用のTR58を新製し取付けています。他社製品では動力車の台車もTR58で代用していたのに対して、天賞堂はブレーキシューの表現は無いものの、ブレーキシリンダーも表現したDT23を製作しファンを喜ばせました。勿論動力台車はプレーン軸、付随車用はピボット軸です。車輪はまだ銀色メッキでしたが、台車はつや消しの黒メッキされた美しい仕上がりで高級製品をイメージさせ、下廻り全体を引締めていました。台車は段つきのプラスティック製のセンターを介して、センターピンで床板に取付けられていますが、集電用のバネは入っていません。カプラーは編成物のためドローバーを新製して取付けています。このドローバーは全て東京寄に取付けられ大阪寄に取付けられたピンに差込むようになっており、運転に際して編成を組む際に車輌の方向が決まるのは好都合だったのですが、ドローバー自身の材質がナイロン樹脂製であったため軟弱で扱いにくく、長編成を全て連結するのは大変だったようです。床板にはドローバーおよびドローバーピンの取付けのためそれぞれ2箇所ずつねじが切ってあり、通過の曲線により連結面間隔が3通りに変えられるようになっていたのは親切な設計でした。 その他 製品は薄手の段ボール紙に巻かれたうえ、現在のものより小型で表面に151系のイラストが描かれた美しい銀色の箱に納められていました。各製品には、「東京−大阪」などの行先板や号車番号のサボを印刷した紙が添付されており、ファンに喜ばれました。前述のとおり価格は当時としては大変高価で、誰にでも受け入れられる金額ではありませんでしたが、その内容を考えると納得できるものでした。結局1960年代には天賞堂の電車の製品化はこの151系のみで、その後も金属製の型式シリーズは1990年(平成2年)に80系の300番台を発売したに過ぎません。 いずれにしてもこの製品はスケール感が良い上にディテールも豊富で、美しい塗分けの塗装や引き締まった下回り等従来の他社製品とは一線を画し、高級ファンにも満足できる製品となったのでした。 1.先頭車 − クハ151・クロ151 発売年 1963年(昭和38年) 販売価格 \4,250(両型式共)
2.動力車 − モハ151・モロ151 発売年 1963年(昭和38年) 販売価格 \3,950(両型式共) 天賞堂の151系の動力車は2個のパンタグラフを載せたこの2形式です。動力装置は前述のとおり発売当時の標準的な仕様ですが、インサイドギアの枠を黒色メッキするなど、他社製品とは一線を画していました。パンタグラフは既発売の銀色メッキしたPS16を載せ、151系独特のパンタ台は黒メッキしたドロップ製です。写真をお目に掛けることができないのが残念です。 3.食堂車 − サシ151・モハシ150 発売年 1963年(昭和38年) 販売価格 \2,600(両型式共)
4.付随車 − モハ150・モロ150・サロ151・サハ150 発売年 1963年(昭和38年) 販売価格 \2,400(全型式共)
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貨 車 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
天賞堂の日本型16番の模型は1957年(昭和32年)に発売されたプラスティック製貨車に端を発しています。これらの貨車模型はすでに当時の水準をはるかに上回るディテールを持っており、その後の高級製品の発売元としての天賞堂の片鱗をうかがわせています。
貨車の16番製品は1950年台からつぼみ堂等が発売していますが、これらの製品はブリキ板を折り曲げて組立てただけというレベルに近く、スケール模型としては物足りないものでしたが、そのような状況下で天賞堂はエボナイト系の黒色プラスティック製で、ディテールを美しくモールドした貨車群の発売を始めました。車体は一体のモールドでアングル状の梁や手すり、梯子、リベット、ヒンジ等を非常にかっちりと表現し、発売当時の貨車模型の水準からすると誠に抜きん出ていた製品であったように思います。型式や番号も一体でモールドされています。冷蔵車であるレ2900の車体側面は銀色に塗装されています。初期の製品では台車枠も軸受メタルの入ったプラスティック製であったようですが、1960年代に一時ドロップ製になったあと、1970年代の製品ではブレーキシューも表現したダイキャスト製に代わりました。床下にはプラスティック製のブレーキシリンダーもついています。国鉄の貨車はとくに妻板面の縦横比などが崩れると屋根のカーブの大きさが変わることなどもあって印象が大きく違ったものになってしまいますが、これらの製品はスケールも良く、近年に至るまで半世紀近くにわたって基本的な設計変更を行わずに発売され続けられていることは驚異的で、如何にオリジナルの設計が良好であったかを証明しています。写真のモデルは1970年代の製品で、番号等のモールドは削り落とし、台車枠は製品のダイキャスト製ですが、13mm化のためブレーキシューを別付けとしています。
2.金属製貨車
(2008年2月 M.F) |
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