2. 模型店別車輌発売状況

2-5 天賞堂(2) −客車−


10系客車の箱
 1963年(昭和38年)当時、16番の金属製国鉄型の客車は、 1950年代から発売されている真鍮製ではあるがスケールに問題のあるカワイモデル製か、 スケールは比較的良好なものの 真鍮製ではなくブリキ製のツボミ堂模型店製の43・44系や61系の車輌しか発売されておらず、 所謂高級な客車ファンはこれらの製品を改造するか自作するしかありませんでした。 機関車は精密スケールモデルであるシュパーブの蒸機群や天賞堂のEF30等、 この時代に一気に設計やディテール・品質が向上しましたが、 これらの製品に牽かせても見劣りのしない客車製品は残念ながら市場にはありませんでした。 このような状況の中で、1963年(昭和38年)から1964年(昭和39年)にかけて、 天賞堂は10系客車を一挙に12型式にわたって塗装済完成品として発売しました。 同社は1963年(昭和38年)には151系特急型電車10型式も発売しており、 それに加えてこのように多くの型式を1年という短期間に発売したことは、 当時の天賞堂の日本型模型に対する意気込みを感じさせるものでした。 発売されたのは、ナハ11・ナハフ11・ナロ10・ナハネ11・ナハネフ11・オハネ17・ ナロハネ10・オロネ10・オシ16・オシ17・オユ12・カニ38の12型式でしたが、 このシリーズの一員として一輌しか存在しない3軸ボギー車で試作的なカニ38が選ばれたのは そのユニークな外観のせいでしょうか?
 実物の10系客車は、 1956年(昭和31年)に日本型客車としては全く新しい軽量構造で量産を開始したナハネ10型を皮切りに、 優等車、寝台車、座席車、食堂車や郵便車等多くの型式を生み、この製品の発売当時、 全国の幹線や勾配線の優等列車等で大活躍していました。シル・ヘッダーを廃止し、 ヨーロッパ的な大きな窓を持ち、優等車、 寝台車や食堂車では車幅を車輌限界いっぱいまで広げ裾を絞った形態は、 まさに従来の客車とは一線を画した画期的な車輌でした。 天賞堂の軽量客車シリーズはその10系客車の特徴をよく表現し、 スケール感が良く高級感のある美しい塗装で多くのモデラーに大好評を持って迎えられ、 客車製品の品質を一気に高めました。今回はこの画期的な10系の製品群をご紹介したいと思います。 初めに各製品に共通の部分をご紹介し、その後各型式に固有の特徴について写真とともにご案内します。 筆者の手元にはカニ38を除く全ての型式が残っており、今でも現役で活躍しています。

上廻り
10系客車の上廻り
 製品のボディはプレス加工した真鍮板を半田付けで組立をしています。 プレスにより10系客車独特の窓上部の水切りや、やや斜めに窪んだ窓枠部を美しく表現していますが、 客用扉上部等にややプレスの歪みが見られた製品があったのは残念でした。 Hゴムもプレスできれいに表現されていますが、Hゴムの着色はされていませんでした。 客車製品としては初めて客用扉の左右には手すりが取付けられましたが、サボ受けは表現されていません。 客用の扉は取手まで表現したプレスパーツを、ステップは別パーツを半田付けしています。 雨樋はごく初期のナハとオユの製品では甲丸線の半田付けでしたが、 量産製品ではプレスでの表現になりました。 妻部の縦樋は真鍮板をプレス抜きしたパーツが取付けられ実感味を高めています。 妻板部の貫通路の扉は、初期の製品は別貼りとなっていましたが、 改良製品では実物では貫通扉がない側まで全て妻板と一体で扉が表現されています。 妻板にはプレスで表現された配電盤のカバーが別貼りされ、貫通幌枠は真鍮のプレスパーツです。 屋根上のガーランドベンチレーターはプラスティック製で、 中央部にややヒケがありもう一つの感がありましたが、 当時の他社製品がただのプレス加工品であったことと比べると、実感味ははるかに向上しました。 客用扉や窓のアルミサッシはガラス窓の透明ビニル板に銀色の印刷で表現されています。 トイレ窓はすりガラスを実感的に表現していました。窓の大きい10系の客車は内部が良く見え、 内部の塗装がしていないため真鍮板が光線によっては反射してしまうのはやや興ざめでした。 室内の照明装置は有りませんが、室内装置も一切なかったので、 内部が見えずかえって良かったかもしれません。
10系客車の尾灯
 ナハフ・ナハネフ・オユ・カニは尾灯が点灯します。 尾灯は、初期製品は2個の電球で点灯していたようですが、 その後の製品では、床上に設置した真鍮プレス半田組立のボックスに納められた1個の電球から、 車体に取り付けられたプラスティック製の赤色の尾灯に、 ボックスの小穴を通して光が導かれ点灯していました。セレンは設けられず、 点灯のオン・オフは初期製品ではスイッチを設けていましたが、 後の製品では片側の台車を回転させることにより行っていました。 車体は艶のある美しいぶどう色、屋根は灰色塗装のオロネとオシ17を除き銀色に塗装されていますが、 ナハ・ナハフ・ナロ・オロネは1965年(昭和40年)に青色塗装も発売されました。 車体の標記は「寝台」「食堂」や型式と番号が、ディカールを添付して購入者が貼る方法ではなく, 販売時に既に書き込まれていましたが、字体・大きさとも高級製品としてはやや見劣りがするものでした。 番号は型式によりいくつか用意されていたようです。

下廻り
 両面黒色で塗装された床板も真鍮板で、車体に取付けられたアングルにビスでとめられています。 床下器具は、水タンクや電池箱等はソフトメタル製で比較的美しく出来ていましたが、 電池箱は少し厚さが足りないようです。空気溜やブレーキシリンダーは挽物で、 床板への取付けはプレスで押出した床板にビス止めすることにより、 床から浮いて見えるよう工夫されています。 オロネやオシの空調機器箱等は真鍮板の組み立てでディテールはありませんがすっきり出来ていました。
10系客車の台車とカプラー

 台車はドロップ製でTR50・TR60・TR47・TR71やオシ17用のTR53まで新たに製作し、 ブレーキシューなどは表現されていないものの、 その黒メッキされた美しい仕上がりは高級製品をイメージさせるとともに、 ピボットの転がりも良くファンを満足させるものでした。 車輪も当時としては珍しく黒色メッキされており、下廻り全体を引締めていました。 台車は段つきのプラスティック製のセンターを介して、センターピンで床板に取付けられていますが、 集電用のバネは入っていません。 カプラーは当時の標準仕様であったベーカー型ですが、 床板に直接ではなく、床板に取付けられたプレスパーツのカプラー取付台に段付きビスで止められています。 そのカプラーの左右には復元用の線バネを取付け、カプラーが常に正面を向くよう工夫されていました。 床板の妻板側の端には簡単なプレスパーツながら当時としては初めて端梁が半田付けされています。 下廻り全体は黒色で塗装されています。

その他
サボを印刷した紙

 製品は薄手の段ボール紙に巻かれたうえ、現在のものより小型の銀色の箱に納められていました。 各製品には、「東京行」などの行先板、「急行」や号車番号のサボを印刷した紙が添付されており、 これも新しいファン好みの試みでした。価格は当然既存の客車製品より高価ではありましたが、 その高級感のある仕上がりは十分に納得いくものでした。 いずれにしてもこの製品はスケール感が良い上にディテールも多く、美しい塗装や引き締まった下回り、 工夫を凝らしたカプラー等従来の製品とは一線を画し、高級ファンにも満足できる製品となったのでした。

1.2等座席車 − ナハ11・ナハフ11


ナハ11 ナハフ11

発売年 1963年(昭和38年) 1963年(昭和38年)

販売価格 \1,680 \1,740


天賞堂 ナハ11

天賞堂 ナハフ11

 天賞堂は10系初の2等座席車であるナハ10ではなく、 蛍光灯や一枚扉を採用したその改良型であるナハ11とナハフ11を製品化しました。 この2型式の2等座席車は、このシリーズの中核ともいえる一番ポピュラーな型式ですが、 反対に特徴の無い型式でもあります。オユ12とともにこのシリーズの第一弾として発売され、 その出来のよさは多くのファンにその後の各型式の発売を楽しみにさせました。 台車はどちらもTR50です。写真のモデルは台車を日光製に履替え13mm化してあります。

2. 1等座席車 − ナロ10
天賞堂 ナロ10
   発売年   1964年(昭和39年)
   販売価格  \1,730
 10系唯一の1等座席車ナロ10は、車体幅を限界まで広げているため裾を絞った形状となっていますが、 製品でもその特徴が良く表現され、美しく塗装された1等帯と相まって優等車の風格がありました。 台車はTR50です。写真のモデルは台車を日光製に履替え13mm化してあります。

3.2等寝台車 − オハネ17・ナハネ11・ナハネフ11


オハネ17 ナハネ11 ナハネフ11

発売年 1964年(昭和39年) 1963年(昭和38年) 1963年(昭和38年)

販売価格 \1,800 \1,800 \1,850


天賞堂 オハネ17

天賞堂 ナハネ11

天賞堂 ナハネフ11

 天賞堂はここでも10系の2等寝台車として最初に登場したナハネ10ではなく、 その改良増備車であるナハネ11と団体用として発注されたナハネフ11、 そして2等寝台車の大量増備のため旧型客車の台枠を使い製造されたオハネ17を製品化しました。 ナハネ11とナハネフ11は実物の連結面間20.5mですがオハネ17は旧型車の改造のため20mで、 製品でも車体長が異なっています。10系の2等寝台車の窓は寝台側と通路側で大きく異なっており、 寝台側の窓は中央部と下部にあるアルミサッシが銀色印刷され、 通路側は独特の大きな下降窓を美しく表現しています。 屋根上にはプラスティック製の片側ガーランド型ベンチレーターとともに、 真鍮プレスで表現された送風機のカバーが取付けられています。 台車はナハネ11・ナハネフ11がTR50、オハネ17がTR47です。 写真の模型はいずれも台車を日光製に履替え13mm化してあります。
4. 1・2等寝台車 − ナロハネ10
天賞堂 ナロハネ10
   発売年   1964年(昭和39年)
   販売価格  \1,800
 10系客車が登場の昭和30年代は、亜幹線では1等寝台車一輌分の需要が無い線区も多く、 また牽引定数の問題もあり1・2等合造寝台車ナロハネ10が製造されました。 当初は中央線や信越線の夜行準急で使用されていました。この車輌は車体中央に出入口を持ち、 実物の輌数は少なかったものの、 その独特の形態から製品を購入された方も居られるのではないかと思います。 製品もその特徴のある形態をよく表現しており、 屋根上も1等寝台側でもまだ非冷房のためガーランド型ベンチレーターのみ、 2等寝台側はナハネと同様送風機カバーも付いています。台車はTR50です。 写真のモデルの台車及びカプラーはオリジナルです。

5. 1等寝台車 − オロネ10
天賞堂 オロネ10
   発売年   1964年(昭和39年)
   販売価格  \1,800
 10系客車唯一の1等寝台車オロネ10は製造当初から冷房化されていたため、 特急用20系客車同様ダクトを通すため深い屋根となり、他の10系客車とは形態が大きく異なります。 製品もこの深い屋根を美しく表現していましたが、 屋根のカーブが車体側面の雨樋の少し下から始まっていたため、やや印象を悪くしています。 また同車の場合かなり目立つ客用窓のHゴムはプレスできれいに表現されていたものの、 色さしがしていないため物足りない感じがしたのは残念でした。 しかしディテールはあまり無いものの冷房装置や種々の床下器具が数多く配置され、 いかにも優等車らしい雰囲気をかもし出しています。1等の証である淡緑帯や灰色塗装の屋根、 他の車輌と違い青味がかった窓ガラスを採用しているため更に高級感を盛り上げています。 これほどの高級車がナハと大差ない価格で購入できるのは「お得」だと考えたのは、 実物の1等寝台車に乗れない者のひがみでしょうか。 この車輌は多数取付けられている床下器具の影響もあり、実物同様他の車輌よりも重量がありました。 台車は空気バネつきのTR60です。写真のモデルは台車を日光製のTR55に履替え13mm化してあります。

6.食堂車 − オシ16・オシ17


オシ16 オシ17

発売年 1964年(昭和39年) 1963年(昭和38年)

販売価格 \1,740 \1,740


天賞堂 オシ16

天賞堂 オシ17
 10系客車には寝台列車用に軽食を提供するオシ16と、伝統的な車内配置の食堂車オシ17がありました。 両者ともオハネ17同様旧型客車の台枠を使用して製作されたため、台車はオシ16がTR47、 オシ17が試作的な要素もあるシュリーレンのTR53を履いていました。 オシ16はサロンカーとも呼ばれ、車体の中央部の片側に調理室があり、 車体の両端側と中央の狭いところが飲食室になっていたため、 左右非対称の今までに無い窓配置が楽しめます。
 一方オシ17は旧来の食堂車のスタイルを踏襲しているため、オシ16のような目新しさはありませんが、 オシ16同様車体幅を限界まで広げたため定員が増え、シル・ヘッダーがなくなり窓も大型化されたので、 近代感あふれる車輌で特急にも使用されました。
 両者とも冷房装置を搭載していたため床下器具は多く付いていますが、屋根上は反対にさっぱりしており、 2−3個のガーランド型ベンチレーターが付いているのみです。オシ17の屋根は灰色塗装です。 模型はオロネ同様窓のHゴムが着色されておらず物足りません。 写真のモデルの台車は両者ともオリジナルです。


7. 郵便車 − オユ12
天賞堂 オユ12
   発売年   1963年(昭和38年)
   販売価格  \1,770
 天賞堂の10系客車シリーズの先陣を切って発売されたのがこの郵便車オユ12です。 筆者は個人的にはいかにも郵便車らしい窓配置を持ったオユ10の方が好みでしたが、 発売当時全室の郵便車や荷物車の製品は他にはなく、編成に華を添える車輌でした。 車体には郵便車の標記、窓にも白色のプラスティック板に大きな「〒」のマークが印刷されています。 郵便袋用の側面の大きな扉は真鍮プレスの別パーツを半田で組上げています。 窓のアルミサッシや防護棒も窓ガラスへの銀色の印刷で表現しています。台車はTR50です。 写真のモデルは台車を日光製に履替え13mm化してあります。

(2008年1月 M.F)



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