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仏生山車庫に留置されていた1200形 1201(元デハ706)+1202(元デハ705) です。 この写真は、留置線の脇を通る公道から撮影をしています。 |
2025年11月29日 仏生山車庫 |
先月の友情出演では広島からの帰り道で撮ったクモハ271を紹介しましたが、 大阪の前に高松に寄り道していたようです。 かつては様々な車両で賑わっていた琴電ですが、今は名古屋市、京王、 京急からの譲渡車両に整理されてすっきりしてしまいましたね。 今月の友情出演は、そんな「コトデン」から元京急の1200形をご覧ください。
(2026年1月 H・T)
私は、車庫を見ることが大好きです。国鉄時代は、 管理部門に一言声をかければ車庫内を自由に見学することができました。しかし、 安全性確保とセキュリティ―面から一般公開日等を除き車庫見学はほぼ不可能な状態です。
しかし、高松琴平電鉄の仏生山車庫は、仏生山駅に併設されているため、 ホームから見学することができますし、さらに車両工場もあるため、 検査のため編成をバラされた車両も見ることができます。車両留置線も公道に面しており、 まじかで見ることが可能で楽しい車庫です。今回のトップナンバーは、 仏生山車庫で見た高松琴平電鉄の1200形1201です。
高松琴平電鉄は、瓦町駅舎を建て替え、駅ビル化して中核店舗に百貨店を入店させ、 瓦町周辺の活性化を目指しました。そのため、 1992年(平成3年)百貨店そごうと合弁で百貨店「コトデンそごう」を設立、 1997年(平成9年)駅ビル内に開店をしました。しかし、 周辺商業施設との競争が激しく、コトデンそごうは赤字決算を続けることとなりました。 さらにそごう本体が2000年(平成12年)に経営破綻、 コトデンそごうも2001年(平成13年)破綻をしました。 連帯債務保証をしていた高松琴平電鉄も同じ年に、民事再生法適用を申請することになりました。
2002年(平成14年)8月に新体制が発足し、高松琴平電鉄の会社再建が始まりました。 国や地元自治体から支援を受けて、旧型車の更新が計画されて、 2003年(平成15年)に導入されたのが 1200形です。この車両は京浜急行700形で、 Mc+T+T+Mcの4連から中間の付随車2両を抜き、両端の車両を生かした2連に変更されました。 当初、Mc+Tcの計画でしたが、主電動機を分散させる0.5M方式 (最近、流行りのVVVFではありません) とし、両連結面側台車に主電動機を載せ、運転台側台車は、付随台車となっています。 台車、主幹制御器、主電動機、冷房装置、パンタグラフについては、京急時代のものが 流用されていますが、連結器は他の車両と併結することがあるため、 密着連結器から密着自動連結器へ変更されています。 これらの改造は、京急ファインテックが実施をしています。
このトップナンバー編成を含む0番台が琴平線用、50番台が長尾線用となっています。 1200形は、四国初の4扉車として、今なお高松琴平電鉄の主力として活躍しています。
(2026年1月 T・O)
2025年(令和7年) 8月、最終全般検査が実施された1070形 1071+1072(手前)です。 この時に、1984年(昭和59年)の入線時、施された塗装に復刻されました。 この車両は、前面は貫通扉付きに改装されていますが、元京浜急行の600形です。 2025年11月29日 仏生山車庫
この1000形120は、仏生山車庫の入換車両として使われているようです。 この場所、公道に面し、柵がありませんが、以前訪れた時には柵がありました。 撤去をされた理由は分かりません。 2025年11月29日 仏生山車庫
以前、トップナンバーにも掲載をしていますが、名物車両デカ1です。 なお、保安設備の関係で本線を走ることはありません。 訪れた日は、パンタグラフを上げて、 奥にいる検査中の1084(元京急1000形)の入換を行っていました。 2025年11月29日 仏生山車庫
工場に入場中の1084です。遊び心なのでしょうか、こんな表示となっていました。 なお、1084は琴平線専用車両で、長尾線では運用されません。 また、高松琴平電鉄は現在、準急運用はありません。 2025年11月29日 仏生山車庫
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