大岡山を出発して大井町へ向かう7500アルミカー。【昭和43年夏】
目黒線の直通運転化による地下駅化でこのあたりの様相も一変した。(K.H)
東急7200系のトップナンバーは正しくは7201+7501をいうのでしょう。
それというのも7200系は田園都市線溝ノ口ー長津田間延長開業1年後の昭和42年4月に
7201以下12両が
7000系以来久しぶりの新形式車として営業運転を開始したのに対して、7200+7500ア
ルミカー2両編成は
8ヵ月遅れて同年12月に試作車としてデビューしたからです。ということで<トップ
ナンバー番外編>かな?
昭和41年4月1日の新線開通とほぼ時を同じくして鷺沼に住んで以来、転勤による地方
在住時を除いて
一貫して田園都市線沿線に住んでいます。しかも転校を避けるために鷺沼へ引っ越し
た翌日、小学校6年
から就職2年目に静岡県へ転勤するまでの十数年は連続して通学・通勤に利用してい
ました。
改めて思い返してみれば誠に感慨深いものがあると共に、当時はSLや軽便鉄道にう
つつをぬかして
田園都市線を含めた身近な鉄道の写真をほとんど撮っていなかったことが今更ながら
悔やまれます。
同線に関していえば昭和43年9月まで4両編成のうち2両を鷺沼で分割・併合運転して
おり、その作業風景や
鷺沼以遠の本線を2両編成で快走する走行写真がほとんどないことが特に惜しくてな
りません。
ところで写真の7500は平成3年2月1日付でCS−ATC付の牽引車兼架線検測車に改
造されてデヤ7290となり、
デヤ7200と組んで検測作業やATC未装備車輌の長津田工場への回送に活躍している
とのことです。
最初に消滅することも多い試作車輌が最後まで東急線に残ったわけです。(K.H)