昭和48年8月4日 岡山臨港鉄道大元
岡山臨港鉄道は、宇野線の大元駅から岡山港まで8.1kmの貨物輸送主体の鉄道
(旅客営業は大元〜岡南元町間)でした。この鉄道の歴史をひもといてみると、
戦争中に岡山市南部からの軍需物資輸送を目的に鉄道の敷設が計画されたが終戦により中止。
昭和22年に戦時中の計画路線とほぼ同じ位置に汽車会社が専用線を建設。
昭和26年、岡山県や沿線企業が出資した岡山臨港鉄道として営業を開始。
国鉄の貨物輸送縮小の影響を受け、昭和59年12月に鉄道の営業を廃止しましたが、
会社は運輸・倉庫業として現在も盛業中とのことです。
今も各地で営業する○×臨海鉄道は、国鉄・自治体・沿線企業の出資による第3セクターです。
岡山の場合は、国鉄が出資していませんので、「臨海」ではなく「臨港」なのです。
さて、キハ5001は湖西の気動車王国江若鉄道から移ってきました。
江若鉄道は流線型の流行る中、昭和10・12年にキニ9〜13(国鉄流に呼べばキハニ)の
5両の流線型気動車を日車で新製しました。この5両は、日車が納めた流線型車輌の
代表作であると同時に昭和44年10月の江若鉄道廃止まで同鉄道の顔でもありました。
このうちの2両が岡山臨港に移り、キハ12(キニ12を昭和35年に自社で更新したもの)が
岡臨5000形のキハ5001に、キニ13がキハ5002となりました。
このキハ5001は岡山市旭川荘厚生専門学院で今も保存されているそうです。(H・T)