トップナンバーアルバム

浦上車庫で休んでいる300形301です。201形、202形とは性能差はありませんが、 前面窓周りが異なります。 隣にいる赤色と黒色の車両は、「おでん電車」「納涼ビール電車」で使用される201形 207です。
2024年 2月18日 浦上車庫


 大学鉄研の同期(ノーブルジョーカーのメンバーは高校鉄研なので別の顔ぶれです) と2月に西九州新幹線に乗りに行ってきました。 この旅行ではT・Oは切符を家に置いてきてしまうし、 私はカメラが故障してスマホで撮るしかなくなったり、トラブルの多い旅になりました。 今月の友情出演はそんな西九州の旅から長崎電気軌道の301をご覧ください。
(2024年7月 H・T)
 今回は、長崎電気軌道の一形式ですが、記憶に残るトップナンバーとなりました。 2024年2月中旬、2022年(令和4年)9月23日に開業した西九州新幹線の乗り潰し旅に出かけました。 仲間が特急券と指定席券は手配してくれたのですが、現地集合のため乗車券は自分で購入です。 ジパング倶楽部を利用したので「みどりの窓口」で、切符を購入しなければなりません。 いつも利用していた大磯駅は、2022年に「みどりの窓口」を閉鎖しており、 今は隣駅の平塚駅まで行かなくてはなりません。ところが、 営業している「みどりの窓口」は大混雑しており、購入まで40分近く待たされました。 苦労してやっと購入した乗車券をなんと!家に置き忘れ出発してしまったのです。 東海道線の大磯駅を出発した後、 気が付きましたが福岡行きの飛行機を予約してあり「時既に遅し」でした。
 改めて福岡駅で再購入した乗車券で旅をスタート、 長崎到着後は時間があったので長崎電気軌道の浦上車庫まで行き、 撮影したのが300形トップナンバー301でした。
 さて、長崎電気軌道は、1950年(昭和25年)に大橋〜住吉間の路線延伸を控え、 初のボギー車201形(201、203、205、207、209で日立笠戸工場が製造)と 202形(202、204、206、208、210は日本車両で製造)を投入しました。 その後、沿線人口増加で輸送力の増強が求められ、翌1951年に211形を6両(211-216)、 さらに、1953年(昭和28年)にもサービス向上と更なる輸送力増強のため日立で300形 10両(301-310)が製造しました。 これらの車両、前照灯や台車などに違いがあり、形式が分かれましたが、 基本性能には差がありません。特に、 1984年(昭和59年)から始まった近代化改造で前照灯の位置を揃えたり、 行先表示器の自動・大型化、冷房機の搭載などで差異がなくなりました。
 製造から70年経ちますが、201形の205が、老朽化で除籍された以外、 202形206が長崎市がブラジルのサントス市と友好都市締結したことで同市に譲渡され、 202形204が電動貨車へ改造(形式は87形87となりました)された事を含め健在です。 最近は低床車導入でバリアフリー化が進んでいますが、 まだまだ長崎電気軌道の主力車両です。
(2024年7月 T・O)

今回の目的は西九州新幹線乗り潰しでした。 写真は、長崎駅に出発を待つ「Y4編成」です。N700Sの8000番台の721-8004。
2024年 2月17日 長崎駅


西九州新幹線武雄温泉〜長崎間の乗り潰しだけでは勿体ないので長崎からは 「二つ星4047」で武雄温泉駅まで戻りました。写真は、 手前からキハ147-4047+キハ40-4047+キハ47-4047で、車番を「4047」に揃えていました。
2024年 2月17日 長崎駅


今回の旅行では、最後に「SL人吉」も撮りました。人気が高く人が集まり、頭越しの撮影でした。
2024年 2月18日 鳥栖駅