トップナンバーアルバム

梅田行普通列車の5001です。手前から5001+5002+5003+5004。 梅田まで行く列車でも普通列車は4連。改めて東西の鉄道事情の差を感じました。
2019年8月4日 西宮〜今津

5001編成の三宮方は5004です。 初代5001は前面2枚窓非貫通(丸みを帯びた湘南型前面)で登場しその後、 貫通式に改造されていますが、この2代目は行先表示器を取り付け、 近鉄との相互乗入れ運転開始に伴い連結器を交換した以外、この顔は変わっていません。
2019年8月4日 今津駅


 関東の電車は均質化が進み、鉄道会社の特徴が薄れていますが、 関西の電車は各社の特徴が存在感を持っていると思っていました。 が、近鉄奈良線に乗った時、直通運転用の電車を見たら近鉄と阪神の見分けがつかず、 唖然ととし覚えがあります。
 今月の友情出演は、そんな関西にあって「阪神」を主張している5001形をご覧ください。
(2019年11月 H・T)
 私は、生まれは横浜ですが1歳から小学校1年の4月まで、 父の仕事で神戸市魚崎に住んでいました。 その頃から「電車」が好きだったようで愚図っていても「電車」 を見ると直ぐに機嫌が良くなったと7年前に亡くなった母が言っていました。 阪神間には、南から阪神、国鉄、阪急が走っており、私が住んでいた魚崎は、 国鉄は摂津本山駅、阪急は岡本駅が最寄り駅でしたが、 もっぱら「電車」を見るのは近くを走る阪神電車でした。
 1950年代中頃から1960年代前半ですので、阪神が小形車両を淘汰し、 大型車両を導入し始めた頃です。 1954年(昭和29年)、優等列車用として3011形を新造し、続いて1958年(昭和33年)、 普通列車用に5001形、5001+5002を試作しました。 阪神本線は梅田(大阪)〜三宮(神戸)間で、並行して走る国鉄東海道線、 阪急神戸線と営業距離はほぼ同じ約30kmですが、駅間が約1kmと他社の約2倍、 32駅が設置されていました。 そのため、普通列車は優等列車の運行を妨げないように高加減速性能が求められて、 この車両が誕生し、その性能から「ジェットカー」と名付けられました。 その結果を踏まえ1959年から1960年にかけ、量産車として5101形、5201形が誕生しています。 これらの車両が走る姿を見て喜んでいたと思いますが、私にはまったく記憶がありません。
 さて、今回トップナンバーで取り上げる「5001」ですが、 私が小さい頃見ていたであろう「5001」ではなく、2代目です。 阪神は優等列車から冷房化を進め、1975年(昭和50年)完了しました。 引き続き普通列車の冷房化に着手しましたが、5001形(初代)、5101形、 5201形は車齢を考慮し、冷房化せずに新車で代替することになりました。 この方針で1977年(昭和52年)から1981年(昭和56年)までに32両製造されたのが、 2代目5001形です。 初代5001+5002を1977年3月11日付廃車、 2代目5001+5002は1977年3月14日竣功で置換えています。 1981年1月、5201形を廃車、同年3月に5031+5032の竣功で置換えが完了しました。 なお初代5001形は試作車として、5101形、5201形が量産車で形式が分かれましたが、 2代目5001形は形式番号5001から連番付与となっています。 当初は、本線は終日4連で、西大阪線(現なんば線)はラッシュ時のみ4連運用、 早朝やデータイムは2連でした。 1987年(昭和62年)に普通列車が終日4連化されたことに伴い4連固定編成化改造を実施、 5001+5002は5003+5004と組み、5002と5003の運転台を撤去し客室へ改装されています。 また、前面の貫通幌を撤去し、ステンレス製飾り枠が取り付けられました。
 老朽化のため5700系へ置換えられる予定ですが、 5151形と5311形から改造された5131形と5331形(この差は部品メーカーによる違い) の電機子チョッパ制御部品供給が困難となってきたことから、 こちらを優先させて置換えており、2019年9月時点は、まだ廃車は発生しておらず、 4連8本、32両が在籍しています。
(2019年11月 T・O)


山陽電鉄は、1990年頃まで阪神の普通用車両青胴車を同じようなクリームとブルーの塗装でした。 2019年7月、2021年頃引退予定の3000系(3615+3505+3031+3030)が復刻塗装されました。
2019年8月4日 山陽須磨〜須磨浦公園