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改造直後は四国色を纏っていましたが、ムーンライト高知では国鉄色に戻されています。
昭和63年11月20日 高松駅

ムーンライトで京都に到着、向日町運転所への折り返し待ちです。 特徴あるテールライトがご愛敬ですが、オハテ12形となってもこのテールライトは残されました。
平成17年3月22日 京都駅

廃車後に高知運転所で留置中。 国鉄色ですが12系本来の青20号ではなく青15号と言われています。 まさか関東に転じるとは想像も出来ませんでした。
平成22年11月14日 高知運転所


 今月(2024年7月)の友情出演では東武鉄道のオハテ12形を紹介していますので、 連動企画でオハテ12形に改造される前のオロ12形をご覧いただこうと思います。
 12系は昭和45年(1970)の万国博覧会に間に合うよう登場、 万博輸送を皮切りに団体列車や臨時列車で活躍したのはご承知の通りです。 ただ、短期間にまとまって新製されたこともあり変化に乏しく趣味的には面白味に欠ける系列でもありました。 ところが昭和55年からはスロ81形お座敷列車の後継車の種車に12系が用いられるようになり、 いわゆるJTが全国各地に誕生しました。 これらジョイフルトレインに改造された車両はグリーン車に格上げのうえ、 お座敷が800番台、洋風が700番台となり、工夫した車内や外観で一気に賑やかになりました。
 そんな中、JRへの移行時にJR四国に転じた12系もカーペット敷や3列シートに改装されたのですが、 番号は元のままとされたので、オロ12形の番号は701〜715、801〜854と四国の5・6・9・10となりました。 前置きが長くなりましたが、「1」番ではありませんが最も若い番号ということでオロ12 5を紹介する次第です。
 オロ12 5の種車となったオハ12 5は昭和44年(1969)6月に新潟鐵工所で新製、 配置は宮原ですから当初は万博輸送が主目的ですが、47年度には竜華に転じています。 昭和62年(1987)の民営化で高松に移動し、翌63年に多度津工場で3列シートのオロ12形に改造されました。 平成元年からはムーンライト高知に6連で使用されましたが、 ムーンライト松山が新設されると3両ずつの分割運転用にトイレ側の妻板にテールライトが設置されました。 ムーンライト山陽との3列車併結は多客時の名物列車でしたが平成21年(2009)1月を最後に廃止となりました。 オロ12 5は平成21年度に廃車となったようですが解体されずに高知に置かれていました。 痛みが進み危惧されましたが平成27年には多度津工場に運ばれ、東武鉄道に移籍しました。 オハテ12形に改造されたのでまだまだ活躍してくれそうですね。
(2024年7月 H・O)