私が興浜北線を訪れた1971年の時点で旅客列車はすべて気動車化されて
いましたが、9600の牽く貨物列車が1往復残っていました。
ところが、いざ撮影計画を立てるにあたり貨物のダイヤを調べたところ、
これがとんでもない時間に走ることがわかりました。朝の下りは、
始発の旅客列車の前に浜頓別を出発し北見枝幸へ到着してしまいます。
時間は忘れましたが、早朝の出発でたとえ浜頓別に宿泊したとしても
日の出前のため走りの写真は到底無理な時間だったように記憶しています。
そのため仕方なく下りはあきらめ、折り返しの上り1本にかけることに
しました。
できあがった計画は、札幌→(急行利尻)→音威子府→(天北線)→浜頓別
と乗り継ぎ、浜頓別からは始発の気動車で一旦終点の北見枝幸まで行き、
折り返しの気動車で目梨泊駅へ戻るというものです。
一旦、北見枝幸まで行くのは乗り潰しのためと、天候や荷物の状況により
運休することの多い貨物列車の運転を確かめるためです。
午前4時前に音威子府で乗り換えねばならないという問題はありましたが、
貧乏学生で旅館に泊まるお金もなかったので、この計画でいくことにしました。
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