トップナンバーアルバム

仏生山工場で検査を受けていた1301+1302編成です。 形式番号表示位置が1080形とは異なり前面窓左下に、 「ことでん」ロゴは窓右下となっています。
2019年3月24日 仏生山工場

1300形1301のサイドビュー。 集中式冷房装置、空気バネ台車など1080形とは異なります。
2019年3月24日 仏生山工場


 京急1000形は好きな車両ですが、 欲を言えばサボを使っていた窓の大きな初期の貫通形が好みです。 そしてシールドビーム1灯はバランスが悪いなぁ。 模型だったら好みのカタチ、自分なりの理想形にすることができますね。 そんな欲望が強くなってきた今日この頃です。 もう1本の今月の友情出演は、琴電の形式違いの元京急をご覧ください。
(2019年5月 H・T)
 仏生山駅ホームから、工場内の1081+1082編成を撮っていると、 手前にラッピングを施された元京急1000形がいました。 入換で駅構内踏切の手前まで移動してきたので顔を撮りましたが、 形式番号が「1301」となっています。 元京急の1080形ではないのかと思い、調べると長尾線用の別形式でした。 長尾線車両も仏生山車両所所属ですので仏生山工場で検査を受けていたようです。
 さて、琴電の1300形は、京急から2007年(平成19年)4両、 2011年(平成23年)4両が譲渡されました。 鉄道線として開業した琴平線に対し、長尾線、志度線は軌道線として開業しています。 そのため、戦後、線路改良を行っていますが、それでも運転が出来る車両は、 16m、17m車でした。そこで、2004年(平成16年)から線路の改良工事を行い、 2006年(平成18年)に元京急700形だった1200形を投入し、 そして翌2007年には同じ京急1000形を譲り受け、1300形として運転を始めました。 1080形でなく別形式となった理由は、それまで琴電では、 在来車と併結が出来るよう主幹制御器、ブレーキ改造を行っていましたが、 長尾線では併結運転がなく、また改造費用の削減で主幹制御器は自動加速式、 発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキと京急時代のままです。 そのため、元は同じ京急1000形でも、 琴平線の1080形と長尾線の1300形は併結が出来ません。 1301+1302編成は1974年(昭和49年)製で、京急ではデハ1313〜1316の4両編成で活躍していました。 1080形のような先頭車改造は行わず、中間車2両を外し先頭車を連結して、琴電に入線をしています。 京急1000形は1959年(昭和34年)から1978年(昭和53年)まで19年間も製造されいますので、 1959、1960年製1080形とは冷房装置や台車にも差があります。
 2007年(平成19年)にも2編成導入され、長尾線用の600形、700形が志度線へ転属、 志度線の旧型車が定期運用から離脱、併せて琴電冷房化率100%が達成されました。
 余談ですが、定期運用から外れた旧型車の内、120、300、500、23が、 動態保存車となっていましたが、補修部品の入手が困難となってきたことや、 仏生山付近の複線化工事で保管場所がなくなるなどの理由で廃車・解体が決まったようです。残念です。
(2019年5月 T・O)


1080形1081のサイドビュー。 分散冷房装置、コイルばね台車など1300形とは差があります。
2019年3月24日 仏生山工場

琴電の名物車「デカ1」後方にいるアイボリーホワイトと緑の車両が 長尾線のオリジナル塗装車です。写真は1305+1306編成。
2019年3月24日 仏生山工場