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台車はTR78ですが65km/h制限のロ車です。 台車上の高床部分には黄帯が引かれていますが汚れていて見づらいですね。 車扱貨物列車があった頃は幹線筋にも65km/hのスジが引かれていた(残されていた?)ようですが、 今となっては使いづらい車両でしょうね。
昭和51年3月6日 多気


 昭和51年(1976)の春休みは鉄道研究会の仲間と四国に行きました。 普通であれば東京から四国周遊券を利用するのですが、 この時は何故か紀伊半島を一周してから四国入りしています。 紀伊半島一周の目的が何であったのか、誰が言い出したのか、 全く思い出せません。 乗車券は東京から大阪、大阪からの四国周遊券、大阪から東京と3枚セットを買っています。
 ネガを見ると、名古屋の次に伊勢市で救援車などを撮り、 その次に多気でこのシキ550撮っていました。 多気には株式会社ダイヘンの三重事業所があり、駅と工場を結ぶ専用線の途中にポツンと停まっていたのです。
 さて、前置きが長くなりましたが、 シキ550形は昭和36年から41年にかけて12両が製造された50t積の弓形梁の大物車で、 12両すべてが浜松工場製の国鉄貨車です。 昭和30年代後半の生まれだけあり、スマートな車体ですね。 使い勝手がよかったようで全車がJR貨物に継承されています。 平成22年(2010)4月1日現在で3両が在籍していますが、 その後はJR貨物が資料を公表しなくなったので現段階での消息は不明です。
(2020年11月 H・T)

伊勢市から多気に出て新宮方面の列車を待つ間に撮ったようです。   昭和51年3月6日 多気


紀伊半島を一周したのは寝台車連結の普通列車に乗ることが目的だったのかもしれません。