オハフ33 1525
昭和53年8月  宮崎駅  撮影:森 美久仁さん

このオハフ33 1525は、画像時点では明らかな車体の振替が認められます。 書類上ですが、昭和40年2月に小倉工場でオハ35 1007を改造。 台車がTR34を履いているので1500番代とされ、戦後設計の車体なので近代化改造を同時に行っています。 改造時の配置は熊本、45年度に都城、46年度に鹿児島に移動し55年9月に廃車になりました。
画像の車体は、戦後製のきのこ折り妻にキャンバス張りの屋根、近代化改造を受け塗色は青15号、 便所・洗面所の窓は2段中折れタイプ(これは39年度後半以降の改造の特徴)です。 車掌室窓は700mm幅の下降窓ですが、オハ35形からの改造車とは位置が異なります。 そして床下機器の配置がオハフ33形として新製された車両と同じになっています。 種車のオハ35 1007は昭和21年日立製で、藤田さん所蔵の写真のように絞り折り妻と鋼板屋根の組み合わせであり、 森さんが撮影した画像の車体とは大きく異なります。

オハフ33形の新製車とオハ35形からの改造車とでは、 床下機器の配置が反転しているのですが、それは下記の理由によるものです。
国鉄の車両は向きが定められていて、公式図面上の左側が前位、右側が後位となります。 前後の決め方ですが、総裁達319号では(客車列車の旅>客車資料館>客車の前後左右についてをご覧ください)
   イ.手ブレーキ装置のある場合は、手ブレーキのない側
   ニ..各等全室で一端に便所のある場合は、便所のない側
   (関係箇所を抜粋)
とあり、ニよりもイが優先されます。オハ35形ではニが適用され便所側が後位(図面上の右側)、 オハフ33形ではイが適用され便所側が前位(図面上の左側)となります。 しかし、床下機器の配置の前後は公式図面上のオハ35形、オハフ33形とも同一なので、 オハ35形を緩急車改造すると、オハフ33形として新製された車両とは床下機器の位置が反転することになるのです。
車体振替は、廃車と検査で同時期に入場した同一形式があり、 廃車の車両のほうが状態が良かった時、廃車車両に検査車両の番号をつけて出場させた事があるようです。 また、改造時に書類上とは異なる車両を種車とした例も見うけられます。
オハフ33 1525の振替が行われた時期と種車の推測ですが、 緩急車改造時の昭和40年前後にはまだ戦後製オハフ33形の廃車が始まっていませんので、 改造時の振替の可能性は極めて低いだろうと思います。
オハフ33形に改造後という仮説から、オハフ33形きのこ折り妻で近代化改造を受けており、 写真撮影の昭和53年8月以前に廃車となった番号を探すと358、396、2515、2516の4両が該当します。 この4両の条件を検討すると、昭和53年2月に熊本で廃車になった358が可能性が高いと思われます。
藤田吾郎さんから提供いただいたオハ35 1007の画像、私が撮影したオハフ33 358の画像を覧ください。 また、藤田さんからはオハフ33形の資料も提供いただき、振替元の番号の探索に大いに役立ちました。 ありがとうございました。


オハ35 1007  絞り折り妻で鋼板屋根ですが、珍しいことにキャンバスが張られています。   写真所蔵:藤田吾郎さん

車体振替元の可能性が高いオハフ33 358  昭和48年8月21日 急行「屋久島」 真鶴 撮影:H・T